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zoom RSS とある車好きの製造方法

<<   作成日時 : 2014/06/17 23:02   >>

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『若者の車離れ』が言われるようになって久しいけれど、なら、自分はなぜ車好きになったのかと改めて考えてみる。

実は俺ってまだはいはいしていた頃から、何かに乗せていたら機嫌が良い子だったらしく、大きなぬいぐるみに馬のように乗っている写真や、乳母車や三輪車の写真がやたら多い。

もう少し大きくなって遊園地に行くとやたらゴーカートとかが好きだった。
でも乗り物なら何でもOKではなく、自分でスピードのコントロールがきかないジェットコースターとかは苦手だった。

物心ついて初めて車をかっこ良いと思ったのは、『帰ってきたウルトラマン』のマットビハイクルつまりマツダのコスモスポーツでした。
ウルトラマンの劇中でマット隊員がコスモスポーツから出てくるのがかっこよかった。
新マンの主役、郷秀樹が自動車整備工場で働くレーサー志望という設定もどこか影響しているのかもしれない。

マットビハイクル仕様のトミカを親に買ってもらい、それでよく遊んでました。

丁度同じ頃に『仮面ライダー』の放送が始まり、自転車をサイクロン号に見立て、仮面ライダーごっこをやって遊んでいました。(ちなみにこの頃から自転車も好きで、近所の子供らとよく競争してました。バイクや車に乗るようになってからもBSのロードレーサーレイダックに乗ってたし。)
この当時はまだ公道を走るバイクにカウリングが認められなかった時代。
街中で見かけるバイクも地味な色の空冷のネイキッドモデルが主流でした。
そんな時代にフルカウルのサイクロン号は子供にとって十分刺激的なバイクでした。

親父が普通車免許を取れば大型二輪も付いてくる時代の人なので、この頃に親父のバイクの後ろに乗せてもらった事がありました。何に乗っていたかは判らないですけど。

この頃には『マッハGO!GO!GO!』といったレースアニメもやってましたね。
(小学校の頃にあった『マシンハヤブサ』もそうですが、この頃のカーレースアニメはある種トンデモネタのオンパレードでしたね。だから後述する実車が出てくるマンガにリアリティを感じたのかもしれません。)

そういう幼年期を過ごし、小学校に上がって、小2の頃にあのスーパーカーブームが起きます。私も当時の子供達同様にフェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、BMW、ロータスを見かけると一喜一憂し、スーパーカー消しゴムをボールペンのバネを使って飛ばしてレースをし、マンガは『サーキットの狼』を読んでました。

ただ私は他の子より当時ブームに入ったのが遅く、初めて買った『サーキットの狼』の単行本は当時の最新刊で、すでに第7巻でした。
この7巻は主人公の風吹裕矢が走り屋を卒業し、プロレーサーを目指すと決める巻で、この巻からA級ライセンス取得に入って行きます。(あとで1〜6巻も買い、最終的に全27巻揃えました。)

初めての車マンガがこういう展開だったからか、以降もいろんな車やバイクが出てくるマンガを読むものの、峠や高速の走り屋やヤン車には全く興味が無かったですね。(むしろ竹やりデッパとかに嫌悪感さえ感じるくらい。)

むしろ、『サーキットの狼』の後半はシルエットフォーミュラのレースがあったり、ヨーロッパに渡りF1レーサーになるまでが描かれていて、ネルソン・ピケやニキ・ラウダ、マリオ・アンドレッティといった実在のレーサーが登場しますので、もっぱらサーキットのレースに目が向いてましたね。
丁度、日本で初めて富士にてF1GPが開催され、アニメの『グランプリの鷹』の影響もあったかと思います。
この頃ですかね、全日本F2選手権の放送を見るようになり、星野一義のファンになったのは。

母親がおもちゃ屋で働いていた事もあり、スーパーカーやF1、シルエットフォーミュラ、レース仕様のハコ車などのトミカをたくさんもらって遊んだ記憶があります。
タミヤの車のプラモもよく作りました。
免許も無いのに車やバイクの雑誌を買い始めてましたね。

そんな子供だったので、子供会で初めて鈴鹿サーキット(遊園地があるので)に連れて行ってもらった時は感慨深かったですね。
メインスタンドに立って、何も走っていないサーキットをじっと見つめていたのを覚えています。

中学に上がり、学校の向かいにバイク屋があり、そこで、ヤマハRZ350とRZ50を見て、一目でヤマハファンになっちゃいました。
当時の地味な色のバイクとは一線を画す、白に青いライン。
中坊のガキには十分魅力的でした。

この頃、親父がうちで最初の自家用車になる中古のカローラを買い、たまにあちこちに連れていってくれました。

高校に上がる頃には中学から憧れていたRZもRRとなり、スズキRG250γなどのライバル登場もあって、レーサーレプリカブームが始まりました。
『バリバリ伝説』やバイクブームの影響もあって、バイク雑誌を読むのが楽しかったです。
けれど、貧乏なので、おいそれとバイクの免許を取りに教習所に通える訳もなく、原付免許を取ってヤマハチャンプに乗ってました。
チャンプでクラス会などに良く行ってましたね。

若気の至りで近所のワインディング路をたまたま走っていた時にチャンプでまくれて、大けがをしたのもあってか、高校の終わりぐらいになると、車の免許が取れる年齢になり、家の事情から就職を考えていたのもあり、気持ちは車に行ってました。
当時、『よろしくメカドック』というマンガがジャンプに連載されていて、よく読んでました。
この頃はバブルの入口だったのもあり、ハイソカーが流行ってましたね。
アウトフォルムなどの品の良いデザインのエアロパーツが好きでしたね。

私はというとスーパーカー世代という事もあり、リトラクタブルライトの車にちょっとした憧れがあったので、AE86トレノが好きでしたね。(後で、実際に乗ってみて、同じエンジンのAE82カローラFXやAW11MR2などと比べ、ノーマルAE86のあまりのつまらなさに覚めちゃいましたが。)

こうして、いつの間にか完璧に車好き、バイク好きになった私は、高校卒業と共に、トヨタディーラーに整備士として勤め始め、夏になれば鈴鹿8耐にヤマハの平忠彦のテック21チームを応援しに行く生活を始めました。

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